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休職中のお金のことを、いつから考えられるようになったか

休職中のお金のことを、いつから考えられるようになったか
休職中、お金のことはずっと頭のどこかにありました。

最初から冷静に家計を見直せていたわけではありません。
体調のこと、仕事のこと、通院のこと。
考えることが多すぎて、お金のことまで正面から見る余裕はあまりありませんでした。

それでも、休職が長くなるにつれて、お金のことを考えないわけにはいかなくなりました。

お金は安心にもなりました。
でも、不安にもなりました。

資産運用をしていてよかったと思う一方で、株価やFIREのことを考えすぎると、かえって苦しくなることもありました。

一部でも給与が出ていたことは大きかった

休職中も、一部給与の支給がありました。

これはかなり大きかったです。
配当金や株主優待も安心材料ではありましたが、やはり毎月ある程度決まった収入があることの安心感は別でした。

休職に入る前は、収入がどうなるのかが大きな不安でした。
すぐに収入がなくなるわけではないと分かったことで、少しだけ息ができるような感じがありました。

ただ、それでも完全に安心できたわけではありません。

給与日前になると、本当にちゃんと振り込まれるのか不安になることがありました。
毎月必ず黒字で過ごせていたわけでもないので、通帳や明細を見るまでは落ち着かない感じもありました。

安定した収入があることは支えでした。
でも、それに頼っている自分がいることも、どこかで分かっていました。

通院費や診断書代は、じわじわ効いてきた

通院費そのものは、車で通っていることもあり、ものすごく重い負担というほどではありませんでした。

ただ、薬代には少し負担感がありました。
それに、診断書代も馬鹿になりませんでした。

休職を続けるには、診断書が必要になります。
通院して、薬をもらって、必要に応じて診断書を出してもらう。
一つひとつは仕方のない出費でも、続いていくとやはり気になります。

特に休職中は、普段よりお金の減り方に敏感になっていました。

働いていたときなら、そこまで気にしなかったかもしれない出費も、休職中だと少し重く感じることがあります。
収入が一部あるとはいえ、生活費も決して軽くはありませんでした。

興味が戻ってきた分、お金を使う不安もあった

休職してしばらくすると、少しずつ興味が戻ってきたものもありました。

コーヒーを取り寄せたり、道具を買ったり。
旅行に行ったり、趣味にお金を使ったり。
そういうことが、気分転換になったこともあります。

それ自体は悪いことではなかったと思います。
むしろ、何かに興味が向くようになったことは、自分にとって大事な変化でした。

でも同時に、本当に買っていいのか、使っていいのかという不安もありました。

支出面だけを見ると赤字になる月もありました。
休職中なのに、こんなにお金を使っていいのだろうか。
気分転換のために必要だと思う一方で、どこかで罪悪感のようなものもありました。

楽しみが戻ってきたことと、お金を使う不安は、いつも少し近いところにありました。

資産がある安心感は、やはり大きかった

それでも、資産運用をしていてよかったとは思っています。

一番大きかったのは、資産があることの安心感です。
具体的な金額を書くつもりはありませんが、もし何も備えがなかったら、もっと強い不安の中にいたと思います。

配当金も、気持ちの面では支えになりました。
大きな金額かどうかというより、自分が働いていない間にも、少しずつ入ってくるものがある。
その感覚は、自分には合っていたのだと思います。

運用益よりも、配当のほうが安心感がありました。
値上がり益は相場によって大きく揺れますが、配当は生活の支えに近い感覚がありました。

もちろん、配当だけで生活できるわけではありません。
それでも、休職中の自分にとっては「全部が止まっているわけではない」と思える材料の一つでした。

現金はやはり必要だと思った

休職してみて、現金の大事さもあらためて感じました。

投資をしていると、つい効率を考えてしまいます。
現金を置いておくより、運用したほうがいいのではないか。
そう考えることもあります。

でも、休職中はやはり数カ月分の現金を持っておきたいと思いました。

毎月の生活費。
通院費。
薬代。
診断書代。
急に必要になる支出。

そういうものに対して、すぐ使えるお金があることは大事でした。

資産があることと、すぐ使える現金があることは、似ているようで少し違います。
休職中は、その違いをかなり実感しました。

妻は不安をあまり口にしなかった

家計のことについて、妻も不安はあったと思います。

でも、その不安を強く口にすることはあまりありませんでした。
自分がやりたいことや、興味を持ち始めたことについても、背中を押してくれることが多かったです。

それはかなりありがたかったです。

もしそこでお金の不安を強くぶつけられていたら、自分はもっと縮こまっていたと思います。
何かを買うことも、出かけることも、もっと怖くなっていたかもしれません。

もちろん、家計の現実を見なくていいという話ではありません。
ただ、休職中の自分にとって、興味が戻りかけているものを完全に閉じずに済んだことは、大きかったと思います。

株価を見ることは、あまり意味がなかった

一方で、しんどかったこともあります。

その一つが、株価を見ることでした。

見てもすぐに何かできるわけではありません。
短期で売買する必要があるわけでもありません。
それなのに、なぜか気になって見てしまうことがありました。

上がれば安心するかというと、そう単純でもありません。
下がれば不安になりますし、上がっても「もっとこうしておけばよかった」と考えてしまうことがあります。

休職中の自分には、株価を見ることが前向きな確認ではなく、不安を増やす行動になりやすかったです。

資産運用をしていてよかった。
でも、毎日の値動きを追う必要はなかった。

今振り返ると、そう思います。

FIREのことは、考えるほど苦しくなることもあった

FIREのことも、ずっと考えていました。

いくらあれば辞められるのか。
どれくらい資産があれば働かなくて済むのか。
このまま復帰せずに生きていく方法はないのか。

そういうことを、何度も考えていました。

休職してそろそろ一年が見えてきた今、正直、自分はFIREに向いているのかもしれないとも思います。
平日に自由な時間があっても、毎日退屈するわけではありませんでした。
料理をしたり、散歩をしたり、開発をしてみたり、ブログを書いたり。
明日やりたいことを考えられることは、かなり幸せでした。

むしろ、仕事をしていたときのほうが、土日しか自分のことができないことにストレスを感じていたようにも思います。

ただ、FIREのことを考えることが、いつも前向きだったわけではありません。

復帰しないといけない。
でも戻りたくない。
いくらあれば辞められるのか。
今の資産でどこまで持つのか。

そう考え始めると、不安がぐるぐる回ることもありました。

休職は、疑似FIREのようで本当のFIREではなかった

休職中の生活には、少しだけ疑似FIREのような感覚もありました。

平日に時間がある。
料理や散歩ができる。
好きなことを少しずつ試せる。
明日やりたいことを考えられる。

仕事から離れることで、自分の頭がどれだけ詰まりすぎていたのかも分かりました。
今でも仕事の夢を見ることがあります。
それくらい、仕事の負荷は自分の中に残っていたのだと思います。

ただ、休職は本当のFIREとは違います。

一部給与があること。
そして、その給与に頼っていること。
休職中という立場であること。
外に出るときに、誰かに会わないか少し気になること。
赤字が続かないように、お金の使い方に気をつけなければいけないこと。

自由な時間はあっても、完全に自由な生活ではありませんでした。

だから、疑似FIREのように感じる部分はありましたが、それはあくまで休職中の時間でした。
自由というより、回復のために与えられた時間だったのだと思います。

お金は大事。でも、お金だけでは足りなかった

今振り返っても、お金は大事です。

ないことには、かなりのことが苦しくなります。
通院も、生活も、休むことも、お金の不安が強すぎると難しくなります。

だから、運用していてよかったとは思っています。
資産があることも、配当があることも、生活防衛資金を考えることも、自分にとっては支えでした。

でも、お金だけですべてが解決したわけではありません。

お金があっても、眠れない日は眠れませんでした。
仕事の夢を見ることもありました。
復帰のことを考えると、気持ちが重くなることもありました。

お金は不安を減らしてくれるものではあります。
でも、心や体をそのまま治してくれるものではありませんでした。

今後は、資産を守りながらゆるく働きたい

休職を経験して、FIREしたい気持ちは前より強くなりました。

働かない時間が、自分にまったく合わないとは思いませんでした。
むしろ、自分で一日の使い方を考えられる生活には、かなり惹かれるものがありました。

一方で、完全に働かないことだけが答えなのかは、まだ分かりません。

今の資産を維持しながら、できればもう少しゆるく働く。
収入を完全にゼロにするのではなく、生活を壊さない働き方を探す。
そんな方向も、自分には合っているのかもしれません。

休職中のお金のことは、安心にも不安にもなりました。
でも、そこで見えたのは、ただ「いくらあれば辞められるか」だけではありませんでした。

自分がどういう時間の使い方をしたいのか。
どんな働き方なら壊れにくいのか。
何を守りながら生活していきたいのか。

お金のことを考えていたはずなのに、最後はいつも、そういう話に戻ってくる気がします。

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休職中のお金や通院、制度のことは、こちらにも書いています。

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