メンタルクリニックに行って診断を受けても、すぐには休む決断ができませんでした。
診断書はその場で作れると言われましたが、自分は一旦保留にしました。
しんどいのは確かでしたし、このままではまずいという感覚もありました。けれど、本当に休むところまでしていいのか、まだ自分の中で決めきれませんでした。
今思えば、あの時点でもかなり限界に近かったのだと思います。
それでも、休むと決めるのは簡単ではありませんでした。
目次
病名がついて、少し安心した気持ちもあった
診断を受けたあと、気持ちはかなり複雑でした。
まず、自分がしんどかったことに名前がついたことで、少し安心したところはありました。
ただの甘えではないのかもしれない。先生のお墨付きがあるような感覚もあって、その意味では少しほっとしたのだと思います。
でも同時に、うつ状態だと言われたことは、すぐには信じられませんでした。
本当に自分が、という気持ちがありましたし、やはりどこかで「大げさなのではないか」「逃げたいだけではないか」と考えていました。
妻に迷惑をかけてしまうことへの申し訳なさもありました。
安心した気持ちもあったのに、一番大きかったのは、やはり「病気なんだ」と落ち込む気持ちだったように思います。
休もうと傾いたのは、妻と散歩しながら話したときだった
保留にした2週間のあいだに、少しずつ気持ちは休職に傾いていきました。
いちばん大きかったのは、妻と散歩しながら話したときのことです。
どうしてもどんよりした気持ちが抜けず、この先もここから抜け出せる気がしませんでした。
あのとき、世界が急に暗くなったというよりは、もっと前から少しずつ灰色になっていたものが、そこでようやく見えてしまったような感じがありました。
それまで何となくやり過ごしていたしんどさが、その時間にはじめて現実のものとして自分の前に出てきた気がします。
それに、ずっと遅くまで残業している上司のことを見ていて、あと何年これが続くのだろうと考えたとき、ぞっとしたのを覚えています。
今の状態のまま続けていく未来が、急に現実味を持って迫ってきた感じがありました。
妻はもともと、休職したほうがいいと言ってくれていました。
制度のことも調べてくれていましたし、先生からも、長い目で人生を見たときには休んだほうが結果的にいいのではないか、という後押しのような言葉がありました。
キャリアには不利になるかもしれない。
それでも、このまま無理を続けるよりは、いったん止まるほうがいいのかもしれない。ようやくそう思い始めていました。
上司に伝えるまでが、またひとつの山だった
休むと決めても、次は会社に伝えなければなりませんでした。
それも簡単ではありませんでした。
直属の上司には話しにくさがあり、結局、自分はもっと上の上司に先に話をすることにしました。少なくとも当時の自分には、誰に最初に話すかも大きな問題でした。
何を伝えるかは、あらかじめメモにまとめました。
頭に霧がかかったように仕事が手につかないこと、診断を受けたこと、病名のこと。会社を責めたいわけではないことや、病名はほかの人には伏せてほしいことも書いておきました。
すぐに休めるように、デスクの私物も持ち帰っていました。
気になることもリストにして、上司に渡せるように準備していました。有給や療養の扱いなど、確認したいことが自分の中でも整理しきれていなかったからです。
21時ごろ、我慢できずに会議室で話した
実際に伝えたのは、夜の遅い時間でした。
なかなか言い出せず、そのまま時間だけが過ぎていきました。
でも21時くらいまで残っていたとき、もう我慢できないと思って、会議室で話しました。
30分くらいかけて、用意していたメモの内容を伝えました。
仕事がずっと手についていないこと、病名のこと、いまの自分の状態のこと。途中で、涙が出てしまいました。
人前で泣いたことなんて、ほとんどありませんでした。
今でも情けないと思う気持ちはあります。
でも、あのときは本当に限界だったのだと思います。
上の上司からは、忙しいのは分かっていたけれど、そこまで苦しんでいるとは知らなかったと言われました。申し訳ないとも言われましたし、元気になって戻ってきてほしいとも言われました。
一方で、直属の上司からは、仕事は最後までやりきってほしかったと言われました。
その言葉を聞いて、自分の中では、もう元の部署に戻りたいという気持ちはかなり薄れていたと思います。
<個人が特定されないために一部表現をぼかしています。>
引き継ぎは、できるだけ文章でまとめた
休むと決まってからは、引き継ぎできることをできるだけ文章にしました。
定期的な作業や、仕掛かり中の仕事、手順のありかなどを、ワードやメールで一気にまとめて渡しました。
直接話しながら引き継ぐのは避けて、できるだけ文書で済むようにしました。
今思うと、もう少しやっておけばよかったこともあります。
デスクの中をもっときれいにしておくこと、デスクの鍵を会社側に渡しておくこと、連絡は電話を避けたいと先に伝えておくこと。上司やさらに上の上司から連絡が別々に来てしまって、あとで少しややこしくなったこともありました。
このあたりは、休職したあとの自分が余計な気を使わなくて済むように、もう少し先に整えておけばよかったと思っています。
休職が決まった日は、まずうれしかった
休職が決まった日、最初に出てきたのは解放されたような気持ちでした。
やった、休める。
しばらく休めるなら、好きなことをしたい。そんなふうに思っていました。
実際、その直後はまだ少し元気だったのだと思います。
妻と、行ってみたかった飲食店にも行きました。あのときは、ようやく止まれることが純粋にうれしかったです。
でも、数週間後から気持ちはまた重くなっていった
ただ、その軽さは長くは続きませんでした。
数週間たつ頃から、また気持ちは重くなっていきました。
朝なかなか起きられなくなったり、出かけられない日が出てきたりして、妻にも迷惑をかけてしまいました。
掃除や料理のような、やらなければいけないことをうまく進められないことも大きなストレスでした。
妻がやるべきことリストを作ってくれて、それをこなせた日は少し達成感もありました。
でも、リズムが崩れると一日うまくいかなくなって、落ち込むことも多かったです。
特に料理は、複数のものを同時に進めるのがかなり難しくなっていて、数か月間、あたふたする感じが続きました。
仕事で嫌だったことがフラッシュバックして、怒りが出てくる日もあれば、ただつらくなる日もありました。
休職が決まったら一気に楽になる、という話ではなかったのだと思います。
それでも、止まると決めたあの日がなければ、たぶん今とは違う形で壊れていた気がしています。
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