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立て直そうと思っても、何もできなかった時期のこと

休職したら、少しずつ生活を立て直していけるのだと思っていました。

 

もちろん、最初から何でもできるとは思っていませんでした。

でも、仕事に行かなくてよくなれば、朝は少し楽になって、家のことも少しずつできるようになって、止まっていたものがゆっくり動き始めるのではないか。どこかでそんなふうに考えていました。

 

実際は、そう簡単ではありませんでした。

やりたいことが何もなかったわけではありません。やってみたいこともありましたし、少し気分が上向く日もありました。

でも、立て直そうと思っても、うまくいかないことのほうが多かったです。

 

できないことが、思っていたより多かった

しんどかったのは、ただ休んでいることではなく、休んでいるのに思うように整っていかないことでした。

 

朝、なかなか起きられない。

起きられたとしても、そこで一日の流れに乗れるとは限らない。

掃除や料理のような、やればできそうなことも、実際にやろうとすると頭と体がうまくついてこない。そんな感じがありました。

 

もっと重いことが何もできないなら分かりやすかったのかもしれません。

でも実際には、「少し頑張ればできそうなこと」ができないのがつらかったです。

そのたびに、また今日もうまくできなかった、という気持ちが残りました。

 

妻がやることリストを作ってくれた

そんな時期、妻がやることを紙に書いてくれていたのは助かりました。

 

何をすればいいのかを自分で整理するのもしんどかったので、書かれていることが少しでもできると、それだけで気持ちが楽になるところがありました。

料理でも、その日に何を作るかを紙に書いてくれていて、うまくできた日は少し達成感がありました。

 

全部を言葉にして支えてもらっていた、という感じではなかったと思います。

ただ、自分がうまく回らないところを、妻なりに見ながら調整してくれていたのだと思います。

 

リズムが崩れると、一日ごと崩れた

自分の場合、生活のリズムが少し崩れるだけで、その日の調子もかなり崩れやすかったです。

 

朝起きられない。

予定していた時間からずれる。

それだけで、もう今日はだめかもしれない、という気持ちになってしまうことがありました。

 

実際、そこから掃除や料理もうまく進められなくなって、一日まるごと落ち込むこともありました。

たった一つのことがずれただけなのに、そこから全部うまくいかなくなる。そんな感覚がありました。

 

休職中なのだから、もっと気楽に考えればよかったのかもしれません。

でも当時の自分には、それがなかなかできませんでした。

 

特に料理は、うまくできなくなっていた

家のことの中でも、料理はかなりしんどかったです。

 

一つだけならまだ何とかなる日もありました。

でも、複数のものを同時に進めようとすると、急に頭が追いつかなくなりました。

何から手をつければいいのか分からなくなる。順番が決められない。

結果として、台所であたふたするだけで終わってしまうこともありました。

 

以前なら普通にできていたことでした。

だからこそ、できなくなっていることがはっきり分かってしまって、余計につらかったです。

 

その感じは、数か月続いたと思います。

 

動ける日と動けない日の差も大きかった

休職中は、ずっと同じように動けなかったわけでもありませんでした。

 

急にやる気が出て、作業を続けられる日もありました。

その日は、少し戻ってきたのかもしれないと思うこともありました。

 

でも、急に電池が切れたようになることもありました。

昨日まで少し動けていたのに、今日はまるで別人みたいに重い。

その差が大きくて、自分でもつかみきれませんでした。

 

少し動けた日があると、次も同じようにできるはずだと思ってしまいます。

でも実際にはそうならなくて、そのたびにまた自分を責めてしまっていました。

 

嫌だったことが、何度も戻ってきた

生活がうまく進まないだけでなく、仕事で嫌だったことがフラッシュバックすることもありました。

 

怒りが出てくる日もありましたし、ただつらくなる日もありました。

思い出したいわけではないのに、急に戻ってくる感じがありました。

 

仕事からは離れているはずなのに、頭の中ではまだ終わっていない。

その感覚が、生活を立て直そうとするときにもずっと邪魔をしていたのだと思います。

 

妻に支えてもらっていた

この時期、妻に助けられていたことは多かったと思います。

 

朝起きられないことが続いて、約束の時間を変えてもらうこともありました。

自分が起きると、何かしなければいけないと思ってしまうから、あえて起こさないようにしてくれていたこともありました。

 

一方で、自分がどこまで無理なのかは、こちらから伝えないと分からないこともあったのだと思います。

状態や感情の変化はなるべく伝えてほしいと言われていたのに、そこをうまく言葉にできなかったことは、今も少し反省しています。

 

何もしていないわけではないのに、何もできていない気がした

今振り返ると、あの時期の自分は本当に何もしていなかったわけではないのだと思います。

 

起きること。

少しでも家のことをやること。

リズムを保とうとすること。

その一つひとつにも、それなりに力が要っていました。

 

でも当時は、それを自分でちゃんと認められませんでした。

もっとできるはずだ、以前ならできた、どうして今はこんなこともできないんだ。

そういう見方のほうが強くて、何をやっても足りない感じが残りました。

 

立て直そうと思っても、うまくできない。

その現実を受け入れること自体が、またしんどかったのだと思います。

 

あの時期に必要だったのは、うまく立て直すことではなかった

今は、あの頃の自分に必要だったのは、きれいに立て直すことではなかったのだと思っています。

 

生活を整えることは大事ですし、少しずつできることを増やしていくのも必要だったと思います。

でも、あの時期の自分にとっては、それ以上に「うまくできない日があっても、そのまま終わっていい」と思えることのほうが大事でした。

 

実際には、そう思えない日も多かったです。

それでも今振り返ると、立て直しは一直線には進みませんでした。

少しできる日もあれば、何もできない日もある。その繰り返しの中にしか、当時の自分の現実はありませんでした。

 

妻が作ってくれたリストを見ながら、今日はこれだけでいいのだと何度か言い聞かせていた日のことを、今も覚えています。

 

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